前回の記事から約4年3ヶ月ぶりの投稿です...
定期的に文章を書かないと書けなくなってしまうので何か書かなければ...と思っていたら、ちょうどタイミングよくアドベントカレンダーの季節だったので 防災アプリ Advent Calendar 2022の7日目として参加させていただきます。
現在、日本からオーストラリアにかけての上空に「みちびき(初号機〜4号機、初号機後継機)」と命名された準天頂衛星(quasi-zenith satellites)が4機(待機運用中の初号機も合わせると5機)飛んでいます。
この衛星を利用した準天頂衛星システムみちびき(QZSS)は既存のGPSやGLONASSといった衛星測位システムを補完し、常時1機は日本から高仰角で見通せる位置に滞空するように設計されています。
高層ビルの多い都市部や山間部において低仰角を飛んでいるGPSをうまく捕捉できない場合でも高仰角を飛ぶQZSSを合わせて利用することで測位精度を高めることができ、さらにサブメータ級(誤差1mレベル)やセンチメータ級(誤差数cm)での測位が可能になる補強情報の配信といった従来よりも更に高精度な測位を行うための仕組みも入っていたりします。
さて、そんな「みちびき」ですが、衛星測位以外のサービスとして、避難所の情報や状況を収集する衛星安否確認サービス「Q-ANPI」や、気象庁から発信された防災情報を配信する災害・危機管理通報サービス「災危通報」も提供されています。
Q-ANPIの送信には特殊な送信機(Q-ANPIターミナル)とソフトウェア、パソコン一式が必要なため一般人は利用できず、発災時の避難所や防災訓練、そしてNERV災対車の出動時などでしか実際の機材や使用している様子をお目にかかれませんが、災危通報は機材を揃えれば誰でも受信することができます。
災危通報では、緊急地震速報、震源、震度、南海トラフ地震、津波、北西太平洋津波、火山(噴火・噴火警戒レベル)、降灰予報(速報・詳細)、気象警報、土砂災害警戒情報、竜巻注意情報、洪水(河川氾濫警戒・発生)、台風、海上警報といった情報が配信されています。
例えば、緊急地震速報(12/6に配信された訓練/試験メッセージ)は以下のような感じ。
$QZQSM,58,9aaf8e1880000324000031000548c5e2c000000003dff8001c0000110a36474*78
これを読めるようにデコードすると...
防災気象情報(緊急地震速報)(発表)(訓練/試験)
*** これは訓練です ***
緊急地震速報
強い揺れに警戒してください。
発表時刻: 12月6日13時0分
震央地名: 日向灘
地震発生時刻: 6日13時0分
深さ: 10km
マグニチュード: 7.2
震度(下限): 震度6弱
震度(上限): 〜程度以上
島根、岡山、広島、山口、香川、愛媛、高知、福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、中国、四国、九州
以上のようになります。
ちなみに、過去に受信した配信データや試験データはGistで公開しているので、他の情報がどんな内容か気になる方や後述のデコーダを試したい方はご利用ください。
配信の頻度は4秒に1回のため緊急地震速報を早く受け取りたいといった用途には向かなかったり、地震の情報も都道府県単位かつ震度4以上の地域のみのため気象庁防災情報XML形式電文の受信を置き換えできたりする物ではありません。
しかし、空が見えればインターネットが繋がっていなくても防災情報を取得でき、情報を得るための契約や料金は不要です。
みちびきは国費で打ち上げられて運用されているプロジェクト、すなわち我々の払った税金が宇宙を飛び、防災情報を地上に降り注いでいる...と考えると受信してみたくなりませんか?
SPRESENSEによる災危通報の受信
災危通報の受信方法を検索するとよく出てくるのが、SONYが販売しているSPRESENSEというボードを利用した受信です。
みちびきから配信されている災危通報は、GPSやQZSSでの測位に利用しているL1C/A信号ではなく、サブメータ級測位補強に利用されるL1S信号で配信されており、このL1S信号に対応した受信機が必要です。
SPRESENSEはL1S信号の受信に対応していて、Arduino IDEでシリアルモニタにデータ(QZQSMセンテンス)を出力するサンプルスケッチも公式で提供されているため手っ取り早く災危通報の受信を試すことが可能です。
しかし、見晴らしの良い場所なら気にならないものの、オンボードのアンテナだと受信感度がイマイチだったり、USBケーブルで引き回して窓際や屋外に設置するのは面倒だったりするので外部アンテナを接続したくなります。
そんな人のために、外部アンテナの使用方法も公式で公開されているのですが... 使用するのは表面実装用のU.FLコネクタで、オンボードアンテナから外部アンテナに切り替えるために1005サイズのチップ抵抗を移設する必要があるという、ハンダづけに慣れている人でもかなり神経を使う作業。
しかも、U.FLコネクタの嵌合サイクルは30回程度なので何度も着脱するのはお勧めされないため、ボードと付随するケーブルが入るようなケースを作って固定したり、ホットボンドで固定したりといった工夫が必要です。
他の受信機の検討
みちびき対応製品紹介(災害・危機管理通報サービス対応製品)のページに記載されているカーナビやウェアラブル機器以外の専用受信機(データをUSBやUARTなどで取得可能な物)で、個人が購入可能な物は安くても5万円程度、法人で購入可能な物の場合は10万円以上だったりします。
同じく対応製品として掲載されているu-blox社のGNSS受信モジュール「ZED-F9P」は、モジュールを採用したボードが各社から市販されていますが、RTK測位の基準局としても使用できる高機能なモジュールのため安くても4万円後半からとお高め。
昨年新たに対応製品として追加された、同じくu-blox社の「MAX-M10S」を採用しているボードは海外のSparkFunやMIKROE、GNSS OEMなどから販売されていますが、円安の影響もありいずれも7000円程度、アンテナはSMAコネクタで接続できますが、データ出力がUARTのためシリアル変換が別途必要でSPRESENSEと比較しても帯に短し襷に長し...
というわけで、理想のGNSS受信機を作ることにしました。
オリジナルのボード設計
手のひらサイズで、USB-C接続で、SMAコネクタを採用して外部アンテナを接続できる、そしてせっかくなら素のボード状態ではなくてケースに入っているもの、というのを目標に設計開始。
0からGNSS受信機を作るのは無理なので、先ほどの対応製品として掲載されていたu-blox社のGNSSモジュールMAX-M10Sを採用し、同社が公開しているMAX-M10S Integration Manualを参考にアンテナ周りの回路とバッテリーバックアップ用のコイン電池、USBシリアル変換ICのCH340、ステータス確認のためのインジケータLED、USB-Cコネクタ、SMAコネクタを追加。回路図をKiCadで書いていきます。
回路図ができたら、PCBエディターを開いて部品をざっくり配置し、全体のサイズ感とコネクタの大きさからケースを探し、今回はタカチ電機工業のポータブルプラスチックケースCS75Nを採用しました。あと、この時点で実装する部品も秋月電子通商とDigi-Keyで調達しておきます。
KiCadでケース図面の推奨基板形状の通りに外形をEdge.Cutsレイヤーに書いて、コネクタ、ジャック、部品を配置、配線していきます。
念の為、アートワークを等倍で印刷した紙に部品を載せてフットプリントがズレたりしていないか確認し、問題なさそうだったのでガーバーデータを出力して一式をzipにまとめて基板製造サービス、いつも使ってるElecrowに発注しました。
ケースの設計
基板が届くのを待っている間にケースの加工図面を書いていきます。
タカチのサイトから3D CAD用STPファイルをダウンロード(要会員登録)して、Fusion360に読み込み。
そして、KiCadからSTEPファイルを書き出して読み込みます。が、KiCadからエクスポートしたSTEPファイルをそのまま読み込んでも部品がほとんど載ってない状態になってしまうので、こちらの記事を参考にしてFreeCADとKiCadStepUpプラグインを使用して基板、配線、部品をひとまとめにしたSTEPファイルを作成します。
基板はver1.0の物(コネクタの位置が変わっていないので流用) |
作成したSTEPファイルを改めてFusion360に読み込み、ケースの固定位置に基板を配置。
USB-CコネクタやSMAコネクタが通る穴をスケッチに起こし、押し出しでモデルに穴をあけます。
2D図面を作成して出力して、まずは図面を見ながらフライス盤で穴あけ(手作業)。
そんなこんなやってると基板が届いたので、1枚だけ手ハンダで部品を実装してケースに入れてみます。
零号機が完成 pic.twitter.com/qpAMBreDnt
— けーいち (@9SQ) October 5, 2022
この段階ではインジケーター用の穴は開けてませんが、USB-CもSMAコネクタも干渉せずにケースに収まることを確認。
動作テストと災危通報受信プログラム
アンテナを接続し、PCとも接続、u-blox社が提供しているu-center2を使用して動作確認と災危通報を受信できるように設定します。
CFG-MSGOUT-UBX_RXM_SFRBX_UART1を1(有効)に設定することで、UART1(シリアルポート)に衛星航法データが出力されるようになります。
これを有効にすると、みちびきから配信されている災危通報を取得できるようになります。
出力されるのはNMEAセンテンスではなくバイナリ形式のため、これを解析する必要があります。
災危通報のメッセージは、0xb5 0x62 から始まるUBXプロトコルのバイナリ形式で出力され、必ず以下のヘッダで始まります。
b5 -> UBX Preamble sync character 1
62 -> UBX Preamble sync character 2
02 -> Message Class (RBX)
13 -> Message ID (SFRBX)
2c 00 -> Payload Length (Little Endian, 44 bytes)
05 -> GNSS ID (5=QZSS)
NMEAセンテンスは \r\n の改行コードで終わりますが、UBXプロトコルのバイナリ形式メッセージはヘッダの Payload Length を読んでメッセージの終端を得る必要があります。
上記のヘッダに続き、メッセージごとのデータおよびチェックサムが入っています。
07 -> Satellite ID (7+182=189=QZS03)
01 -> Signal ID (1=L1S)
00 -> Frequency ID (Only used for GLONASS)
09 -> The number of data words contained in this message (8+9*4=44)
45 -> Tracking channel number
02 -> Message version (0x02)
00 -> Reserved 0
55f5ad9a170580110000008e00000000000000000000000010000000b1aa5aebff9483b2 -> QZQSM(災危通報データ)
e2 -> ck_a (Checksum)
cd -> ck_b (Checksum)
この仕様をもとに、シリアルポートを開き、みちびきのユーザインタフェース仕様書(災害・危機管理通報サービス, IS-QZSS-DCR-010) 4.3.1. Sentence format で示されている $QZQSM から始まるNMEA形式のセンテンスに変換して出力するプログラムをPythonで書きます。
import sys import argparse import operator from functools import reduce import serial satellite_id = { 184: '56', 185: '57', 189: '61', 183: '55', 186: '58', } def nmea_checksum(sentence): data = sentence.strip("$").split('*', 1)[0] cksum = reduce(operator.xor, (ord(s) for s in data), 0) return cksum def ubx_checksum(message): ck_a = 0 ck_b = 0 i = 0 while i < len(message): ck_a = (ck_a + message[i]) & 0xff ck_b = (ck_b + ck_a) & 0xff i += 1 return ck_a, ck_b def ubx2qzqsm(line): if line[:7] == b'\xB5\x62\x02\x13\x2C\x00\x05': # UBX-RXM-SFRBX, 44 bytes, QZSS satId = satellite_id[line[7] + 182] # PRN -> Satellite ID data = b'' for i in range(9): data += bytes((line[14+3+i*4], line[14+2+i*4], line[14+1+i*4], line[14+0+i*4])) if data[1] >> 2 == 43 or data[1] >> 2 == 44: # Message Type 43=JMA-DC Report, 44=Other dcr_message = (data[:31] + bytes((data[31] & 0xC0,))).hex()[:-1] # 256-4=252 bit sentence = '$QZQSM,' + satId + ',' + dcr_message + '*' return sentence + format(nmea_checksum(sentence), 'x') if __name__ == '__main__': parser = argparse.ArgumentParser(description='Print QZQSM NMEA format sentence') parser.add_argument('port', help='serial port. ex: /dev/ttyUSB0') parser.add_argument('baudrate', help='baudrate. ex: 115200') parser.add_argument('-n', '--nmea', help='print other standard NMEA sentence', action='store_true') args = parser.parse_args() with serial.Serial(args.port, args.baudrate) as ser: while True: line = b'' nmea_flag = False ubx_flag = False count = 0 payload_length = 0 while True: if ubx_flag: if count > 4 and payload_length == 0: payload_length = int.from_bytes(line[4:5], "little") if payload_length > 0 and count == payload_length + 8: # header 6 bytes + checksum 2 bytes break b = ser.read() if b == b'$' and not ubx_flag: nmea_flag = True if b == b'\x62' and line == b'\xB5': ubx_flag = True if b == b'\n': if line.endswith(b'\r'): line += b break else: line += b else: line += b count += 1 if args.nmea and nmea_flag: sentence = line.decode().strip('\r\n') ck = nmea_checksum(sentence) if format(ck, 'x') == sentence.split('*', 1)[1]: print(sentence) if ubx_flag: ck_a, ck_b = ubx_checksum(line[2:payload_length+6]) if line[-2] == ck_a and line[-1] == ck_b: sentence = ubx2qzqsm(line) if sentence: print(sentence)
pySerialをインストールして、シリアルポートとボーレートを指定して実行。
pip install pyserial
python read.py /dev/tty.usbserial1410 115200
以下のようにNMEA形式のセンテンスが得られます。
$QZQSM,57,9aadf5b1118002c3f2587f8b101962082c41a588acb1181623500012b979380*20
上記のセンテンスをデコーダにかけると災危通報の内容を人間が読める形で出力できます。
git clone https://github.com/9SQ/azarashi.git
cd azarashi
python setup.py install
import azarashi sentence = '$QZQSM,57,9aadf5b1118002c3f2587f8b101962082c41a588acb1181623500012b979380*20' report = azarashi.decode(sentence, msg_type='spresense') print(report)
防災気象情報(海上)(発表)(通常)
海上警報が発表されました。
発表時刻: 11月12日17時35分
警報等情報要素: 海上濃霧警報
サハリン東方海上
警報等情報要素: 海上濃霧警報
サハリン西方海上
警報等情報要素: 海上濃霧警報
網走沖
警報等情報要素: 海上濃霧警報
宗谷海峡
警報等情報要素: 海上濃霧警報
北海道西方海上
警報等情報要素: 海上濃霧警報
北海道東方海上
警報等情報要素: 海上濃霧警報
釧路沖
警報等情報要素: 海上濃霧警報
日高沖
今回はデコードにオープンソースのライブラリを使いましたが、災危通報の仕様書は公開されているので自分で1から実装することも可能です。
いくつかの場所で受信テストをしてみると、どうやらロケーションとタイミングが良ければ運用中のみちびき4機すべてから受信できそうなことが分かったため、衛星が現在どこを飛んでいるのか確認できるトラッカーを作って確認しながら受信テストを実施したりしました。
南の空がひらけている実家のベランダで4機全て掴めた https://t.co/qhaV5P7j7F pic.twitter.com/IMKar39PTZ
— けーいち (@9SQ) November 2, 2022
ケースのデザインとマシニング加工発注
問題なく災危通報の受信と解析ができたので、GNSS受信機として売り物になるように仕上げていきます。
先ほどのFusion360のモデルにインジケーターLEDの穴を3つ追加であけて、2D図面を出力。
ついでにDXFファイルも出力してIllustratorに持っていき1:1で開き、ケース表面の窪みと3つの穴のアウトラインだけ残してお絵描きをします。
出力した2D図面とIllustratorファイルをマルツのプロトファクトリーに送って見積もりをしてもらいます。
詳細の費用は伏せますが、費用感としては千石電商で1個180円で買えるCS75N-Wが、インクジェット印刷とマシニング加工をすると90倍くらいの価格になります(白目
1個の場合なので、10個、100個と数が増えると単価は下がるため、今回はひとまず10個で発注しました。
並行して、チップLEDの表面からケース表面までの長さをFusion360で測って、インジケーターLED直上の穴にはめるための導光棒をAliexpressで発注しておきます。
届くのを待つ間に、基板に部品を実装します。
流石に何個も手ハンダでやるのはつらいので、基板と一緒に注文しておいたステンシルとペーストはんだを使い、ホットプレートリフローで一気に実装します。
一気にやると言ってもチップ部品はピンセットを使って1個ずつ乗せ、プレートの面積が10 x 10cmのET-10を使ったので同時に焼けるのは2枚ずつで、1時間で3〜4個できるかなといったところ。(実家に帰ればチップマウンターとオーブンがあるので多少早いんだけれど...)
加工ケースとLED導光棒は2週間程度で届き、届いたケースに部品を実装した基板と導光棒を固定して...
完成。いい感じかも。https://t.co/IHyky94M18 pic.twitter.com/LEqguqbGPf
— けーいち (@9SQ) October 24, 2022
加工精度も問題なく、Fusion360でシミュレーションした通りに完成です。
USB-C/SMA-J側も計画通り。Fusion360で見たまんまピッタリ。 pic.twitter.com/UuXm9EjwWV
— けーいち (@9SQ) October 24, 2022
というわけで、自分の欲しいGNSS受信機を自分で作ってみた話でした。
ちなみに、この受信機を利用してNERV災対車に搭載する防災情報サイネージも作ったりしています。
表面に印刷のない零号機を使用中 |
ものづくりは様々な要素が組み合わさったパズルを作っていくような感じで面白いし、自分のこだわりを詰め込みながら形ある物を作っていくのは楽しいですね。
今回設計したGNSS受信機は近日発売予定です。
詳細はドキュメントも兼ねたサイトにて公開しますので、興味のある方は買ってもらえると嬉しいです。
追記:こちらで販売中です。https://prioris.booth.pm/items/4308281
追記2:ケース無しのMicroUSB版とRaspberry Pi向け版の2種も作りました。秋葉原の家電のケンちゃん(店頭&オンライン)にて販売中です。
GNSS受信基板 GR-M10-B/S-B45
https://www.kadenken.com/view/item/000000001535
GNSS受信基板 GR-M10-RP (for Raspberry Pi)